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僕らが僕らでしかいられない切実さ (Julien Bakerのこと)  

ひょんなことから知ったJulien Bakerという女性のCDを、ここのところ繰り返し繰り返し聴いている。

ギター1本弾き語りというスタイル、声質や面影もどこなく清水美和子さんを想わせ…というと、「ああ、またか」と思われる方もいらっしゃると思うが、歌声が時折、極端に感情的に振れる瞬間があるのが、Predawnとは決定的に違う(Predawnは、ああ見えて決してウェットにならないところが素晴らしい)。

メンフィス出身ということだが、ルーツ・ミュージックとは距離が感じられ、敢えてカテゴライズするならば、”サッド・コア”…ということになりそうだ(今でもその言葉が有効なのかは知らないが)。
ただ単純にそのスタイルしか知らないということではなく(つまり、「これがスタートで、今はたまたま一人で演ってますけど、これからどんどん華々しくなりますぜ…」というのではなく)、バンドでの活動でも経験し、でも結果としてこの形式に落ち着いたということのようで、その点、サッド・コアではないが、Heatmiserを経て内省的なソロに辿りついたElliott Smithを思い出させる(ちなみに彼女は、”Ballad Of Big Nothing”もカバーしている)。

パンクが生まれ、ハードコア、メロコア、エモ云々と来てサッド・コアに辿り着くまでには、ざっくりと15~20年くらいの時間を要するのだが、1995年生まれだというこの女性は、音楽家としてのキャリアをスタートしてからわずか数年で、その時間を飛び越える…というか、飛び越えざるを得ない体験をしたのではないだろうか。
感情的に振れることはあっても、また、極めて個人的な情景を描写していながらも、決して熱を帯びない歌い方は、そんなことを想像させる。


YouTubeで、彼女が歌っている姿を見た。
抱えているテレキャスターの方がでっかいくらいだった。
あの板切れがなければ、現実の激しい波間に浮かんでいられないみたいだった。


決して派手なパフォーマンスではないが、ここには、この形でしか奏でることのできない切実さがある。
それは、すべての人が他の誰にもなることはできず、その人としてしか生きられないということにも通じると思う。

たとえ負け続けだったとしても、私は私でしかいられないのだ。







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category: 音楽

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コメント

いい!これは好きです。

URL | クララ #-
2017/03/28 01:18 | edit

クララさん

> いい!これは好きです。
いいですよね!
ギター1本でのシンプルなパフォーマンスなのに、過ぎたところはもちろん、不足もない。
歪んだギターや豪華なバックバンドなんてなくても人の心を打つことは出来るのです。
これは紛れもなくパンクだと思う。

URL | stick boy #-
2017/03/29 20:17 | edit

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