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thousand miles from nowhere

小林賢太郎演劇作品 『うるう』 (at KAAT 神奈川芸術劇場)  



素晴らしかったなぁ。

再演とはいえ、2月いっぱいまで公演が続くので、あらすじについてはあまり詳しく書けませんが、チラシから転載すると…
“うるう年のうるう日のように、「余りの1」が世界のバランスをとることがある。これはカレンダーだけの話ではなく、人間もそう。世界でたったひとりの余った人間「うるうびと」。彼が少年と友達になれなかった本当の理由とは…。”

言葉遊びやパントマイムを駆使して演じられるコミカルな場面から、やがて姿を現してくるちょっぴり切ない物語。そして、まき散らされた伏線を掻き集めて見事に立ち上がる感動のエンディング…。
こうして書いてみると、いわゆる小劇場演劇(野田秀樹らのことを念頭に置いています。最近のものは、あまり良く知らない)の典型のような気もするけれど、この人の場合、そういった「演劇シーン」とは全く違った流れから生まれてきているところがパンクだなぁ…と思います(だって、「ラーメンズ」と言えば、お笑いでしょう?)。
「演劇は総合芸術だ」ということはよく言われるけれど、恐らくは小林賢太郎という人が、ストーリーテリングや絵心、言葉や笑いのセンス、マイム…ありあまる才能を最大限に生かそうした時、必然的に出来上がったのが「総合芸術」だったということなのでしょう(鑑賞者の中に様々な感情を引き起こすという点においても、この作品はまさしく「総合」的でした)。
とはいえそれは、「≒演劇」であるけれど、決して「=演劇」ではない。
「演劇シーン」とは全然関係ないところで、ひとり(まぁ、かつては、片桐仁という相棒がいた訳だけれど)「表現」に臨む孤独と、それが観客と出会うことによって「余り」ではない満たされたものとなる…この物語は、そんなメタファーであるのかもしれません。
…全然、違うかもしれないけど…笑



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僕に「小林賢太郎」という才能を教えてくれたのは、この”Blog Nowhere”を始めたばかりの頃に知り合ったブロともさんでした(何せ僕、テレビはあまり見ないし、「お笑い」に関しては特にうといのでね)。
曰く「小林賢太郎を知らない人は、人生損してる」。

彼女のブログはもう無くなってしまって連絡の取りようもないのだけど、もし叶うならば「小林賢太郎を教えてくれてありがとう。おかげで僕の人生はとても…か、どうかは分かりませんがw、確実に実りあるものになりました」と伝えたい。
そして。
僕がこうして書き散らしていることも、何かのはずみで誰かの人生を実りあるものにする…のは無理だとしても、まぁ、そのきっかけ程度になったらいいな...と思います。

物語の初め、小林賢太郎演じる「余一」は、こう独白します。
「いつもひとつ足りない!いつもひとつ余る!」
足りないものを満たしてもらったのだから、余っているものを他の誰かに。
そうやって、世界が廻っていったらいいと思います。

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クリスマスを控えた、石川町・元町ショッピングストリート

category: 日用美術館

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