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夏休み最後の夜  



夏休み最後の夜。
ひと夏の思い出が、にゃんこの夢の中をぐるぐると駆け回ります。
旅行に夏フェス!
水着美女との戯れ!
浴衣美女との戯れ!
…一部、妄想が混じっているような気もしますが、大目に見てあげてください…。

さて、明日から新学期。
いつまでも夏休み気分ではいられません。
寝坊しても、大目に見てはもらえませんからね!


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category: 写真集 「The Cats Are Alright」

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終末のプール (closed for business)  



え?
プールもう終わりなんですか?



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2015年の夏も、間もなく営業を終了しようとしています。

category: 写真集 「The Cats Are Alright」

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佃島晩夏  

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劇作家・北条秀司の、「雪景色の佃島は、失われた江戸の風情を感じさせる」という歌を刻んだ碑も、(朝夕大分涼しくなったとはいえ)容易に立ち去ろうとはしない「夏」に取り囲まれ、もはや降伏寸前だ。
その様子は、高層マンション群に浸食され、どんどん形を変えてゆくこの町の姿にも重なる。

面影を 夏にうずめて 佃島



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category: 写真集 「The Cats Are Alright」

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画鬼・暁斎~幕末明治のスター絵師と弟子コンドル展  

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三菱一号館美術館で開催されている、「画鬼・暁斎~幕末明治のスター絵師と弟子コンドル展」の感想。


ジョサイア・コンドルと言えば、この美術館のある三菱一号館(今建っているものは、復元されたものですが)や池之端にある旧岩崎邸などの設計者として有名ですが、日本美術にも興味を持っていたようで、工部大学校の教授として辰野金吾らに建築学を教える傍ら、自らは河鍋暁斎に弟子入りして、日本画を学んでいます。


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左は、コンドルが描いた鯉の図。右の暁斎の手による画の模写です。
2枚の画は、並べて展示されているわけではなく、コンドルのものが先に出てきて、しばらくしてから暁斎の画を見るという順番になっています。
コンドルさん、上手いんです、とても。
生半可な気持ちで、暁斎門下に入ったのではないのだということがわかる。
後進国・日本の美に魅了され、それを本気で学ぼうとする開かれた精神。
頭の柔らかい人だったんでしょうね。
余計なノイズに惑わされることなく、本質を見抜く感性を持っていたのだと思う。

ただ暁斎の画と比べると、無難にまとまっているな...という気もしてきます。
そもそもコンドルは暁斎の画を手本にした訳ですが、暁斎は、単純に池の鯉をスケッチしたというより、観察に観察を重ねて鯉の姿形を頭に入れ、それを一旦分解して、再構築するように描いているように感じられる。
一たび現物のデータを取り込んでしまえば、その扱いは自由自在。
見たことのない角度、ポーズで対象を再生することができる(CGのように!)。
暁斎筆の画の右側中段に鯉を正面から捉えたものがありますが、水中の鯉を正面から見る...という機会って、そうはなかったと思うのです。
それを、いかにも「こうでしょう!」とばかりに描いてしまう技術が、コンドルを心酔させたのでしょうね。
(あと、暁斎の鯉の方が、どことなく生臭~い感じがしました...←)


で、暁斎。

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下方、威圧感たっぷりな白鷲に怯えるお猿さんに注目。
明らかに想像で描いた図なのでしょうが、鷲の堂々たる姿(こちらは、実に写実的)と相まって、実際にこんな光景があったのではないかと思ってしまいます。
頭を抱える猿の姿に、白鷲の迫力がより一層増して感じられ...というフィードバックのような効果が生まれているのも面白い。


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上の「白鷲に猿図」からも察せられるように、暁斎は類稀なるユーモア・センスの持ち主でもありました。
そんなユーモリスト・暁斎の魅力が最も現れているのといえるのが、彼が亡くなる直前までつけていたという絵日記。
マンガ的タッチでさらさらと描かれている上、お酒のいただきものがあったときにはお酒の妖怪、お菓子のいただきものがあったときにはお菓子の妖怪が登場したりします。
同じものを描くのが次第に面倒になったのか、ハンコを作って押すという合理的?精神も発揮。
コンドルも「コンテルくん」として、たびたび登場します。


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そうはいっても暁斎さん、狩野派で修業しただけあって、真面目に書いた絵はやっぱりすごい。
これなんかも、太い筆で、無造作に「がっ!」と描いたように思える塊が、見事に鴉の形態を成している。
水墨画って、大胆に力強く描く部分と、緻密に細部まで書き込んでゆく部分とがあるのと思うのですが、この人は、そのフォルティッシモとピアニッシモの振れ幅が異常に広い気がします…。


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狩野派に入る前は、歌川国芳のもとで修業したそうで、どことなく浮世絵を思わせる美人画もお手のもの。


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と思ったら、美人に蛙の相撲を見物させてみたり 笑


暁斎の絵を見ていると、伝統的な流派の技術を身に着けながらも、その枠に収まることができずに飛び出して行ってしまうおかしなエネルギーを感じます。
単純に「新しいもの」(この時代であれば、「洋画」ということになるのでしょうが)だけが、イノベイティヴなのではないんですよね、きっと。


いや、しかし、話題の展覧会ということで、東京から人がいなくなるお盆を狙って見に行ったのですが、驚きましたねぇ。
あまりに混んどるので。
...。


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category: 日用美術館

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納涼床の女神  



納涼床でしどけなく寝そべる浴衣姿の美女…というつもりでご覧になってください!
…。



日もそろそろ傾きかけようという頃、夕涼みに出かけてみれば、そこには既に先客が。
しかし、にゃんこってのは、ホントに涼しいところをよく知っているものですな。

 一等を猫に譲りて夕涼み



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category: 写真集 「The Cats Are Alright」

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Predawn presents "Nectarian Night #03" at 新代田 FEVER  

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“Nectarian Night”と題されたライヴも今回で3回目。
6人編成で臨んだ品川教会、トリオによる恵比寿リキッド・ルーム、弾き語り・対バンありというこの日の新代田フィーバー…と、何だかどんどんフツーになってきた感じがありますが、そういった「フツー」のPredawnの良さを改めて実感する夜になりました。

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category: Predawn

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Fuji Rock Festival 2015  

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話は前後するけれど、フジロックに行ってきたので、その思い出を写真とともに…。
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category: 音楽

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What's so funny 'bout peace, love and understanding?  

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category: 写真集 「The Cats Are Alright」

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K is for Kanazawa (Kは金沢のK)  

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「四枚四人展」をご覧になつたといふ金沢在住のK氏より、「展示されてゐた写真を購入したい」旨の連絡があつた。
「納品がてら、此方に遊び来てはどうか」といふお言葉に甘え、早めの夏休みを取つた私は、早速、北陸へと向かつたのであつた。


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まずは、かつての花街・ひがし茶屋街を案内していただく。
新幹線が通つてから最初の夏ではあつたが、思つたより人もおらず、往時の風情を感じることができた。


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夜は、なかなか予約が取れないというふお寿司屋さんへ。

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江戸前の、気さくな寿司とは違ふ繊細な味。
とろけるやうに胃の腑へと落ちてゆく。
北陸の海の幸を堪能させていただゐた。


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翌日は、廿壱世紀美術館を見学。
これは、例の有名な水練場。
かうして見ると、まるで氷の下にゐるかのやうに凉しげだが、密閉された空間なので実は結構暑い。
「水の中は冷たく涼しい」といふ既成概念を覆すのが、この展示の主題であるのやもしれぬ。
…。

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予てから一目見たいと願ひ続けてゐたパウル・クレーの名品と、遂に対面を果たす。
モザイク状に並べられた淡い色合ひの図形は、無頓着に描いたやうでありながらも、どこかリズミカル。
まさにクレーの真骨頂とでもいふべき作品である。



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なんちやつて。
実は、金沢城の石垣でしたー(←
※21世紀美術館に、クレーは所蔵されてません。

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でも、実際のところ、廿壱世紀美術館の頭をひねりにひねつた現代美術より、美術品ではないはずの金沢城の方が、意匠として遥かに優れてゐるやうに感じた。


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前日が魚介であつたので、この日は洋食屋へと連れて行つていただく。
岩手の山間の、大層「注文の多い」といふ料理店からのれん分けされた、老舗とのことだ。

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帽子や外套をとつたり、クリームを塗つたり、酢のやうな香水をつけたり....といふやうなこともなく、無事、ビフテキ丼にありつく。
炎天下を歩き廻つた後であつたが、さつぱりとした和風ダレのおかげで、またたくまに平らげてしまつた。
さういえば食事中、どこからか、「わん、わん、ぐゎあ。」「にやあお、くわあ、ごろごろ。」といふ騒ぎが聞こへてきたが、あれは…。


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楽しい時間は矢のやうに過ぎ去り、別れの時がやつてくる。
K氏の「これからも、街の片隅で細々と、しかし力強く生きる我が同胞の姿を追ひかけ続けてください」
といふ言葉に大ひに力づけられ、私は、金沢を後にしたのだつた。



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...と、こういうことがあったらいいですなぁ...。
(実際は、フジロックで苗場まで行ったので、「せっかくここまで来たんだから!」と、無理やり金沢まで足を伸ばしただけです)。

category: ボクラガ旅ニ出ル理由(世界出鱈目紀行)

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