Blog Nowhere

from nowhere to everywhere

中庭の散歩者  



中庭を優雅に散歩するパリジャン…ならぬパリニャン。


******

…で、こちらがパリで撮った1枚。
直前までロンドンにいたせいもあってか、パリは、全体的に白っぽく明るい街として記憶に刻み込まれている。
猫写真としては、あんまりいい出来だとは言い難いけど(何しろ猫、ちっちゃいしw)、この写真を見る度、彼の街の第一印象が今でも蘇ってくる。


にほんブログ村

category: 写真集 「The Cats Are Alright」

tb: 0   cm: 4

Phoenix The Cat  



ロンドンに行った際は、チャリングクロス・ロードにあるフェニックス劇場・楽屋口の黒猫を訪ねてゆくといい。
僕の紹介だと言えば、色々と親切にしてくれるはずだ。
もちろん、話しかけるときは、ニャングリッシュでなければいかんよ!


****

昨年のロンドン旅行の時に知り合ったにゃんこ。
デンマーク・ストリートからコベント・ガーデンへ向かおうとして迷子になりかかっていた僕に、とても丁寧に道案内をしてくれた。
別れるときメアドを交換したので、今でも時折メールが送られてくる。
読む度に僕は、彼のコックニー訛りのニャングリッシュを思い出すんだ。
...。


にほんブログ村

category: 写真集 「The Cats Are Alright」

tb: 0   cm: 4

4月になれば彼女は (April Come She Will)  



2014年11月6日、品川キリスト教会グローリア・チャペルで行われたPredawnライヴのDVD化が決定!!

あの晩披露された23曲のうち18曲を収録ということで、Rayonsさんの曲以外のほとんど全てが収められるのではないかと推測しています(つまり、これまで未CD化だった曲も!)。
ここのところライヴの本数が極端に減っていたので、アルバム作っているんだろうな…なんて思っていたら、まさかこんなことになっていたとは!

僕の胸の中を、ひと足早い春一番が吹き抜けてゆきます…♪


20141106s2.jpg



にほんブログ村

category: Predawn

tb: 0   cm: 4

第18回文化庁メディア芸術祭受賞作品展  


さて、バレンタイン・デイに関するしょうもないネタを披露している間に閉幕してしまった今年の文化庁メディア芸術祭受賞作品展の模様を、備忘録として記しておきます。

-- 続きを読む --

category: 日用美術館

tb: 0   cm: 6

永遠の0  



チョコレート、いっこももらえなかった...。


にほんブログ村
-- 続きを読む --

category: 写真集 「The Cats Are Alright」

tb: 0   cm: 4

いつか王子様が (Someday My Prince Will Come)  

smpwc01st.jpg

「いつか王子さまが現れて、私をここから連れ出してくれるはず...」



にほんブログ村
-- 続きを読む --

category: 写真集 「The Cats Are Alright」

tb: 0   cm: 8

P.S. I love you  

と、そんなふうに松山を後にしようとした時、デイパックからぶらさがるベルトを、後ろから引っ張る者があった。
それは...(以下、「続きを読む」からご覧ください)。


-- 続きを読む --

category: 写真集 「The Cats Are Alright」

tb: 0   cm: 4

だんだん!  

dandan2st.jpg

様々なことを考えた松山旅行。
行く先々で思い出に花を添えてくれたにゃんこ達に感謝を込めて…だんだん!
(「だんだん」とは昔の伊予弁で、「ありがとう」という意味だそうです)

ちなみににゃんこの後ろに写っているのは、夜空まで上っていけそうな道後・伊佐爾波神社の荘重たる段々!


にほんブログ村

category: ボクラガ旅ニ出ル理由(世界出鱈目紀行)

三津浜漫録  



伊予鉄・松山市駅から郊外電車で15分ほどのところに、三津浜という港町がある。
ここは古くから松山の外港として漁業に海運業に栄えた場所で、郊外であったが故に戦災を免れたこともあり、歴史を感じさせる商家や町屋が数多く残っている。
この趣あふれるレトロスペクティヴな街並みを歩いてみることも、今回の旅行で楽しみにしていたことのひとつだった。
胸の高鳴りを抑えきれぬまま駅を飛び出した僕を、早速1匹のにゃんこが出迎えてくれた。


mitsu002h.jpg
こういった古い家屋が、町のあちこちに存在します。

mitsu003h.jpg

mitsu004h.jpg
白壁に袴を穿かせたかのような板塀。

mitsu005a.jpg
この堂々たる廃屋は、かつて医院だった建物。現在、所有者から許可を得た有志が、ワークショップという形で参加者を募り、リノベーションに取り組んでいるのだという。
今はこんな姿だけれど、何年か後には立派な姿に生まれ変わっていることだろう。

他にも三津浜には、町屋を利用したギャラリーやカフェ、雑貨屋などが少なからずあり、「鄙びた港町」なんて片付けてしまう訳にはいかない、文化的な香りに溢れていた。

東京で勤め人でいるのが当たり前だと思って生きてきたけれど、こういう場所に移り住んで、小さな商いを営みながら暮らすというのもいいかもしれないな、なんてことを思ってみたり…。
でも、そうなったらそうなったで、好奇心を持て余しそうな気もするんですけどね。



mitsu007h.jpg
現在の海岸線からは、大分内陸にある「汽船のりば跡」。
愛媛県尋常中学校教諭として赴任した漱石が初めて松山の地を踏んだのもここであり、従軍記者として日清戦争を取材した帰りに大喀血、故郷にて2か月足らずの静養を経た子規が、再び東京を目指して旅立ったのもこの場所だったとのとこと(そして、その後彼は、二度と松山に帰ることはなかった)。

旅立ちに際して子規が残した句としては、見送りに来た柳原極堂ら10名との別れを惜しんだ
 十一人 一人になりて 秋の暮
というものが有名で、この碑の下の方にも書き記されているのだが(ここから北西方向に数百メートルほど離れた現在の船着き場にも、この句を刻んだ立派な石碑が立てられている)、個人的には、一同が引き上げた後に詠んだという
 せわしなや 桔梗に来たり 菊に去る
という一句に激しく心惹かれる。

この時点で、子規の体はどの程度回復していたのか。
無理を押して上京を急ぐ自らの姿を、苦笑しながら眺めているかのようなこの句からは、「旅立ち」「別れ」といった状況から記号的に導き出されるものではない詠み手の極々私的な感慨が窺える。
それは、「写実」「客観」を唱え続けた子規が、ふと漏らしてしまった本音だったのではないだろうか。
分析的に読み解こうとすればするほど指の隙間からこぼれていってしまうような心情は、まさしくこの17文字でしか語ることができないものだったに違いなく、そんなふうに過不足ない状態で真空パックされたからこそ、120年を経て接した第三者の胸に響くのだろう。



mitsu006h.jpg
真空パックする技量を持たない僕のような凡人は、旅先で感じたよしなしごとを、せいぜい天日干しして保存する他ない。


にほんブログ村

category: ボクラガ旅ニ出ル理由(世界出鱈目紀行)

tb: 0   cm: 6