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川内倫子展 照度 あめつち 影を見る@東京都写真美術館  

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 写真については、本当に素人である。「じゃあ、他の何についてなら素人じゃないっていうんだい、おまえさん!」と問われると返答に詰まるのだけど、被写体以外に写真の良しあしを判断する基準が自分の中で曖昧なままのが、気持ち悪い…とそういう話。たとえば、本や音楽、絵画などであれば、ある程度自分の好みが分かっているので、「これは外さないだろう」というものを選んで手を伸ばすことができるのだが、写真に関しては、自分の好みが確立されていないので、「選ぶ」という行為に自信がない(それでも好きなものはある)。ジャズを聴き始めた時に、いわゆる名盤と呼ばれているものを片っ端から聴いて、「どうやら俺は、ハードバップの、黒っぽくてガシャガシャやかましいのが好きらしいぞ」という判断基準(…というには、あまりにも大雑把だけど)を得たみたいに、とりあえずは写真も色々見て、自分がどんなものに反応しているのかを見極めるところから始めなくては…と思っている。ただスペースを埋めるだけとはいえ、こうしてブログの一部に写真を載せたりしている訳だし...。

 前置きが長くなったけど、そういう意識の下で東京都写真美術館で開かれている「川内倫子展 照度 あめつち 影を見る」を見てきたので、その感想。本当は、6月22日に行われた川内とクラムボンの原田郁子さんの対談に合わせて行こうと狙っていたんだけど、やはり無理であったよ(一応勤め人なので)。

 今回の展覧会は、2011年発表の「Illuminance」、最新作「あめつち」、「影をみる」を中心に構成されている。
 まず「Illuminance」(「照度」)はその名のとおり光にこだわった作品集。場合によっては、露出過度にも感じられる光を当てることで、日常の風景も非日常的な光景も分け隔てなく、抽象的なイメージとして切り取られる。

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 この作品集には一部映像(動画)もあって、そこでは、見開きの写真集を意図して並べられた2枚のスクリーンに、工事現場や雪の降りしきる林、車窓から見た流れる夜景…など、各々10秒ほどのシーンを繋げた別々の映像が流される。それぞれのシーンは、日常的に目にする光景ではあるのだけど、何の関連性もなく流れる2つの映像を同時に見ることによって、印象はどんどん揺らいでいく。やがて、2枚のスクリーンには、数十分のタイムラグで同じものが流れていることに気付くのだけど、ついさっき左側のスクリーンで見たものが右側に移っただけにも関わらず、並行して入ってくるもう一方のスクリーンからの情報が違うせいで、最初に見た時とは違うことを考えたりする(...単に私が集中力がないせいではないと思う)。


 続く正方形の比較的小さな部屋では、過去の作品から選んだ6cm×6cmの写真を20枚つなぎ合わせて、ひとつのフレームの中にまとめた「ある箱の中」が展示されている。それぞれの写真に写っているのは、人の顔の一部や、棺に納められた老人、殻から顔を出したばかりの亀の赤ちゃんなど、まぁ、地球上のどこかで、日々起こっているだろう光景。ただし、一度に色々な写真が目に入ってくるおかげで、情報量はめちゃめちゃ多く、なんだか「日常に酔う」感じがする。


 くらくらしたところで、大きな長方形の部屋に移動。ここでは、阿蘇の野焼き(「あめつち」の一部)と、海上を飛ぶ鳥の群れ(「影を見る」)の映像が流され(2枚のスクリーンは「Illuminance」のように並べられている訳ではなく、長方形の部屋の短辺の壁を利用し、向かいあう形になっている)、野焼きや、プラネタリウムの星空に描かれたレーザーポインターの軌跡などを写した大判の写真(「あめつち)のシリーズ)が展示されている。「ある箱の中」における日常から飛び出した我々は、ここで大地と空、宇宙の広がりを体感することになる。
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見づらいかもしれないけれど、星空にレーザーポインターで線が描かれている。このやり方で、写真版のアクション・ペインティングができないか...とか考えてたんですけど、できないんですかね?

 
 写真というのは、絵画と違って作家の意図以上の情報量を取り込んでしまうもの。だからこそイメージをひとつに固定せず、見る者の印象、記憶、感情に委ねるということができるのかもしれない(そういえば、展示されている個々の写真には、題名さえ無いのだった...)。



 最後に、この展覧会を見た後に私が撮った写真を蛇足ながら付け加えて、この記事を終えたいと思う。果たしてstick boyは、川内倫子の写真から何かを掴むことができたのか。それは、皆さん自身で判断していただきたい。
 それでは、”続きを読む”から先へどうぞ!

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category: 日用美術館

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This little light of mine (I'm gonna let you shine)  

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たしかに僕はちっぽけだ。
きみの憧れのアイツに比べたら、何から何までパッとしない。


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でも知恵と勇気を振り絞って...
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きみの心に明かりを燈しちゃうんだぜ!
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男はハートですよ、みなさん。

category: 写真集 「嘘じゃないって!(no lies, just love)」

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バナナ剥きには最適の日々  

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なんだかよくわからないものに心惹かれることが多い。
美術で言えば、写実的なものより抽象画の方が好きだし、ポップ・ミュージックは、まぁメロディに関していえばキャッチーなものの方がいいけれど、歌詞だったら、女性作家の手による、男性からは絶対出てきそうにない言葉に出会ったりした時の衝撃は、なんとも言えず心地よかったりする。あるいは、まだ方向性の定まらない新人バンドの、「とにかく今持っているものを全部吐き出しました」みたいな、とっちらかった感じとか。
まぁ、本当に難解なものを理解する頭やセンスはないので、入ってきた瞬間に異質感を感じる程度のものを噛み砕いてゆく過程が楽しい…ということなのだと自分では思っているのだけど、円城塔によるこの短編集『バナナ剥きには最適の日々』などは、まさにそんな僕の、かなり中途半端で、それ故にやっかいな好奇心を十分刺激してくれる1冊。

収録されているのは9編。一応小説ということになっているので、そのいくつかのプロットを紹介するとこんな感じになる。

・何も信じていないということを信じることができるか(または、「ないはないのか」)ということについての考察(「パラダイス行」)。
・光速で旅を続ける無人星間探査機の妄想と独白(「バナナ剥きには最適の日々」)
・文章の自動生成についての文章(「AUTOMATICA」 この人の作品には繰り返し現れるテーマのように思う。)

どうですか!もう、訳がわからないでしょう?
これらのストーリー(と言っていいのかどうかもわからない)が
「透明な形でできたものの第一法則。
第二法則はない。
透明な形でできたものの第二法則。
第一法則の言うことは嘘です。
透明な形でできたものの第三法則。
誰かわたしについても語ってほしい」(「equal」)
...てな感じで語られてゆくのである。読んでいくうちに、イメージがどんどん膨らみ、酩酊感が増してゆく。小説を評する時、よく「物語に酔う」なんて言い方をするけれど、この短編集の場合は、ひとつひとつの文章に酔うという感じ。一応散文の形式はとっているけれど、これは「詩」だなぁと思う(実際、引用した「equal」などは、横書き20行による18の断章から成っていて、形式も「詩」に近いといえる。ただし、「散文詩」と言ってしまうのは抵抗がある)。
 
そんなナンセンスなストーリーと、トリッピーな言葉/文章の組み合わせは、意味とか感慨を放棄してしまいそうに思われるんだけど、ちゃんと情感のようなものが残るから不思議。昏睡状態の祖父を使ってストップモーションの映画を撮る男の子(まるでティム・バートンの映画に出てきそう!)は、やっていることは悪趣味だと思うけど、その秘めた哀しみは限りなく深いし(「祖母の記録」)、「ゾウリムシは信仰を持つのか」という研究が辿り着く結末は、ヘタなラブ・ストーリなんかより、遥かにロマンティックだ(「捧ぐ緑」)。


ありとあらゆる言葉を知って、何も言えなくなるなんてのは確かに馬鹿な過ち。でも、饒舌になればなるほど加速してゆく孤独感というものもあって、それを語るには、やはり饒舌になるしかないんだと思う。
 
と、ここまでで大体1300字。量と質とを混同するつもりはないけれど、まぁ、僕の孤独感なんて、この程度のものってことだな。

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category: 本とその周辺

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遠い昔、遥か彼方の銀河系で...  

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「stick boyよ、フォースを使うのじゃ。へぼ写真をごまかすために...」
マスター・ヨーダ、そんなことすると、僕、ダークサイドに落ちちゃうんじゃ...!?


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オビ=ニャン・ケノービ。
(むしろチューバッカという説もある...)


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迫るダース・ベイダー!危うし、stick boy!!
(このコ、ホントにフォース使いそう...)


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...えーと、誰でしたっけ?


以下、エピソード2へ続...きません!!

category: 写真集 「The Cats Are Alright」

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ああ、思い出した、あの鮭だ。  

 会期末(6/24)も迫る中、上野は東京芸術大学美術館に、「近代洋画の開拓者 高橋由一展」を見に行ってきました。
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 「ああ、思い出した、あの鮭だ。」
 このキャッチコピーが秀逸だと思うんですよ。確かに「あの鮭だ」と思うもんね。

 (ちなみに、今回は「この絵はこんなふうに見える」大会はやりませんからね!)

 教科書でおなじみの「あの鮭」を描いた高橋由一は、展覧会の題にもあるとおり、本格的な油絵技法を習得した日本初の洋画家で「近代洋画の開拓者」と言われています。
 江戸時代末期に武士の家に生まれた由一が本格的に油絵を学んだのは、明治維新後、40歳を過ぎてから。こういう話だけ聴くと「何かを始めるのに遅すぎるということはないんだな。俺なんかまだまだじゃん。目指せオリンピック!」とか思ったりもするのですが、由一の場合、油絵を学ぶ前から幕府の画学局というところで、主に記録としての絵画を描いていたということで、もともとの素養があった訳です。ローマは1日にしてならないのだよ。
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 「猫図」(水彩画) 油絵を学ぶ以前の作品。
 ポストカード買っちゃった♪
 ...鮭を見に行って猫を買う。


 油絵の技法を学んだ由一は、絵画は記録であるという考えから、風景画を多く残しています。
 これ以前の日本の風景画といえば、北斎や広重のような浮世絵が主でした。写実性という点で一歩進んだ由一の風景画を通して、我々は、今は失われてしまった日本の景色を見ることができるといえます。
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 「墨堤桜花」
 墨田川堤の桜。失われてしまった風景。

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 「不忍池」
 弁天堂だけは今も変わらず。

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「月下墨田川」
 月光の下の墨田川河岸を描いた襖絵。これ、とても綺麗だった!大きい画像が載せられなくて残念。


 維新後、急速に失われていく日本の日常を記録するという意識があったからか、静物画を描く場合でも、由一は日本的な題材を取り上げることが多かったようです(中でも食材が多かったとか)。
 とくに「鮭」はお気に入りの題材だったようで、何度も描かれたとのこと。今回の展覧会でも3つの「鮭」が展示されています。
 さて、ここで問題。「あの鮭」は「どの鮭」でしょう?
(答えは「続きを読む」から先に...)
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 まぁ、こんな状態ですから、みなさん、やれ「左のが美味しそう」だの「右のが身が締まってる」とかいう話になる訳です。デパートのお歳暮コーナーかっ!
 でも、こういう話になるということが、まさに西洋の模倣ではない日本人の精神性の下に生まれた油絵であるということなのでしょうね(...ホントか?)。それで教科書にも載っている訳だ。


 匂いまでしそうな由一の「鮭」の迫力に、上野の森の猫たちもそわそわ...。
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category: 日用美術館

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トマトが染まる  

 ベランダで育てていたミニトマトが実をつけた。

 種を蒔いたのは去年の夏の終わり。引っ越しの荷造りをしていたら、前にどこかでもらった栽培キットが出てきたので、新居に移って荷物があらかた片付いたところで、何も考えずに蒔いた。ミニトマトの種は、普通、春先に蒔くものだと知ったのは、そのあと大分経ってから。
 すぐに小さなポットいっぱいに芽が出てきて、「もしかして俺には、植物を育てる才能があるのかも。食の安全に対する意識が高まる中、農業には大きなビジネスチャンスがあるというしな。しがない勤め人生活におさらばして、土と共に暮らすんだ。ビバ!ロハス!!」…とほくそ笑んでいたら、台風の日にポットがひっくり返って、せっかく出た芽は、あらかたダメになってしまい、早々に夢は潰えた….。

 ベランダ中に散らばった土を、甲子園で1回戦負けした高校球児のような思いでかき集め、大きめの鉢に入れ替えてみたところ、1株だけ根づいた。そのまま細々と育てていたら、「トマトは寒さに弱いので、冬の間は室内で育てた方がいい。冬さえ越せば大丈夫。ビバ!ロハス!!」と助言され、「夢よ、もう一度」という思いで部屋の中に入れた。入れた途端、小バエがわいた。基本的に虫は苦手なのだが、相手は小さいし、放っておくとトマトどころかキッチンなどにまで影響しかねないので、果敢にも戦う決意をした。僕の2012年は、虫との終わりの見えない戦いで始まった。
 
 植え替えた時に足した土が悪かったのか、小バエは、密林から現れるゲリラ兵のごとく、次から次へとわく。暖かい室内にいるというのに、トマトも心なしか元気をなくしているように感じられる。春になって、鉢をベランダに出すことができれば、この状況から解放されるはず…。それだけを望みに、戦いに明け暮れる日々が続いた。これまでの人生において、これほど春の到来を待ち望んだことはない。
 戦況が泥沼化し、国民(誰だよ)もすっかり疲弊しきったところで、ようやく季節が変わり、待ち望んでいた春がやってきた。明けない夜はないのさ、ベイビー。ベランダで再び外気に触れ、元気を取り戻したトマトは、その後、すくすくと育って今に至る…というのが顚末。
 
 ところで、野菜にクラシック音楽を聴かせると、みずみずしく風味豊かな実をつけるという話がある。中でも一番効果があるのは、モオツァルトだと小林秀雄は書いている(書いてませんっ!)。それが本当だとすると、冬の間、部屋の中で僕のギターの練習に付き合ったミニトマトは、いったいどんな味がするんだろう。まぁ、一般的な意味で、あまりウマくないことだけは確実なんじゃないかって思うけどね...。

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category: 日常

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木村伊兵衛へのオマージュ (Hommage à Ihei Kimura)  

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「板塀、秋田市追分」 木村伊兵衛 1953


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「コンクリート塀、東京のどっか」 stick boy 2012


...最近、へぼ写真をごまかすのに必死。


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category: 写真集 「The Cats Are Alright」

100万人のキャンドルナイト 2012  

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僕はみたよ 僕はみたよ あの暖かい光
もうだめだと弱音を吐いたきみが少しだけ微笑んだんだ
(andymori 「光」)


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category: 日常

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マックス・エルンスト~フィギュア×スケープ 時代を超える像形展@横浜美術館  

 ちょっとばかし時間が空いてしまいましたが、先週の土曜日(6月2日)、横浜美術館で開催されている「マックス・エルンスト~フィギュア×スケープ 時代を超える像形」展を見に行ってきましたので、その感想など。
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 前売券も買って、ずっと前から楽しみにしていたのですが、諸般の事情により時間が作れず(というかROCKS TOKYOに行ったりして、遊びまくっていたため)、ようやく行けるようになった次第。

が、
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 なんですとっ?
 そういうことはもっと早く言ってくれ。チケット買っちゃったじゃないかよう…。


 いささか意気消沈(いや、べつに落ち込む必要はないのですが)しつつ館内へ。しかし、展示室に足を踏み入れた瞬間、落ち込んだ気分もすぐに吹き飛ばされてしまいました。
 (私は美術をきちんと勉強したことがありませんので、以下に書くことの中には間違っていることも少なからずあると思われますが、ご容赦いただきますようお願い申し上げます)。


 マックス・エルンストは、シュルレアリスムを代表する画家として知られており、ある風景や事物なりを見た時に潜在意識下から浮かんでくる世界を表現しようとした…というと何だか小難しい感じがしますが(書いている私もよく分かっていない)、「作家が世界を自由に解釈して(正しくは、「解釈」という自意識の活動する余地もなく浮かんでくるイメージ)を描いた作品なのだから、鑑賞する側もそれを自由に解釈していいのではないかしら」という気楽な感じで見てきました(...たぶん、正しい鑑賞方法ではないと思うのですが)。

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チーズケーキとアセロラドリンク
ではなく「大アルベルトゥス」という作品なのですが、私の潜在意識下から浮かんでくるイメージは、チーズケーキとアセロラドリンクだったのさ(我ながら、風呂桶なみに浅い潜在意識だなぁ…)。


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「石化した森」
前を歩いていたおばちゃんたちによれば「金環日食」


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「つかの間の静寂」 
これ、すごい好き。


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「鳥たち」
とても同じ作家の作品だとは思えない
(とっちらかり具合がこのブログみたい...とか言わないように)


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「最後の森」
「石化した森」にあった森と円環のイメージが、30年の時を経て再度描かれる。


 同じシュルレアリスムでも、ダリとかマグリットのような写実的な絵はどちらかというと苦手なのですが、エルンストの抽象性、柔らかな色使いなどは、クレーを思わせるところもあって(実際、両者には交流もあったみたいです)、いいなぁと思いました。
 あとはね、2月に見たジャクソン・ポロック展のことを思い出し、同じように抽象表現を選んだにもかかわらず(というのも、まぁ、大雑把な話だけど)、「どう描くか」ということに執着して燃え尽きてしまった彼との資質の違いに思いを馳せたりとかしてましたけれども。


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横浜港。いざ行かん、潜在意識の海へ。風呂桶の縁を越えて....

category: 日用美術館

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ポピンズ (または風船うさぎのこと)  



まぁ、たいした写真じゃないってのは自分でも分かってる。
どちらかといえば、まずい写真の部類に入るかも。
でも、も少しマシなのを撮ろうと思ってカメラをいじってたら、
コイツ、ふわりと宙に浮いて、そのまま風に乗って空の彼方へ飛んでいっちゃったんだ。
嘘じゃないって!

category: 写真集 「嘘じゃないって!(no lies, just love)」

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夏の終わりの音楽  

 ROCKS TOKYOは本当に楽しくて、7月のフジロックへの意欲も高まったところなんだけど、実はもう一つ楽しみにしているフェスがある。それが8月24日から26日に開催されるSlow Music Slow Live。その名から察せられるとおり、ゆったりした空間で、ゆったりと音楽を楽しむ…というコンセプトで、いわゆる「ロック・フェス」とは少し毛色が違うんだけど、何年か前に初めて行って以来、すっかりハマってしまった。
 
 まず、ロケーションがいい。開催場所は東京・大田区にある池上本門寺というお寺で、最寄駅(東急池上線池上駅または都営浅草線西馬込駅)からは徒歩10分くらい。すぐ傍には第2京浜も通るという街中なんだけど、お寺自体が台地の上にあり、その裏手の少し窪んだところにあるグラウンドが会場となるので、喧噪は完全にシャットアウトされる。昼下がりには蝉時雨がジンジンと鳴り響き、まるで森の中にいるかのようである。
 ラインナップも魅力的だ。基本的には、アコースティックな音楽を奏でるグループ/アーティストが中心に出演するのだが、普段はエレクトリックで、どちらかと言えばラウドなステージをする人も、ここでは特別にアコースティックな編成・アレンジでのパフォーマンスを聴かせてくれる。
 敷地内には関東最古の五重塔もあって、会場レイアウトの関係で、客席からは振り返らないと見えないんだけど、ステージからはばっちり見えるようで、出る人出る人「気持ちよく歌える」と声を揃えて絶賛する。出演者がリラックスして気持ちよく演奏しているんだから内容だって悪くなりようがない。聴いているこちらも、夏の間に体に溜まった疲れや、澱のようなものが、すべて出ていくような気分になる。
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 初めて行った年に、携帯で撮った写真。とても都内にいるとは思えない。



 去年、ORIGINAL LOVEとSOTTE BOSSEを目当てに出かけた僕は、オープニングアクトのPredawnと衝撃の出会いをし、それがきっかけとなって数か月後andymoriに辿りつき、やがて同じようにandymoriが好きな女の子と出会って恋に落ち...って、すみません、最後の部分は妄想です...(笑)。
 でも、このSlow Music Slow Liveは、僕が普段あまり聴かないタイプのアーティストが多く出演するので、自分の中の新たな扉が開くきっかけとなることは、特に多いように思う。

 とはいえ、3日間(厳密には2日半というべきか)とも行くのはさすがに無理なので、何とか1日に絞りたいと思っていて、今のところ出演予定には入っていないPredawnが、どこかに滑り込んでくれないかなぁ…と願っているんだけど、彼女の出演がなくても、初めて聴くアーティストとの衝撃的な出会い…というのは、今年もありそうな気がする。それがきっかけとなって、同じようにそのアーティストが好きな女の子と出会って恋に落ちて...という期待は、しないでおこうと思うけど(笑)。

category: Predawn

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ROCKS TOKYO 2012@若洲公園 その3(最終回)  

 ROCKS TOKYO 2012の感想。いつまで書いているんだ...と呆れられそうですが、今回が最終回。フェス全体を通しての感想です。

 前2年は、天候に恵まれなかったりして大変だったみたいだけど、今年は天気も良くて、すごく快適に楽しめました。
 駅・会場間のシャトルバスの本数も多いし(ピーク時は多少待たされたみたいだけど)、トイレの数も多くて待たずに入れる(女性用はちょっとわかりませんが、でも屋外イベントによくあるような、すごい行列は見なかったような気がする)。会場がだだっ広い訳でもないので、ステージ間の移動も楽だし、おまけに、手荷物を預かってくれるクロークまである(有料ですけど)。
 例えば、地方の高校生が見にこようと思った時、新幹線で東京駅まで来て、京葉線に乗り換えて10分程度で最寄駅に到着。手荷物は会場のクロークに預け、1日楽しんだらまた新幹線で帰る…ということが可能なわけです。交通費がかかるのは仕方がないとしても、(1日だけの参戦なら)宿泊費はかからない。泊りがけということでなければ、親御さんだって反対しないでしょう。ディズニーランドに遊びに行くようなものです(実際、若い子たちが本当にたくさん来ていた)。
 
 根底に思想があって、それを徹底的に実現しようとしている…という点では、本当にディズニーランドに通じるものがあると思います。ここにあるのは、安全で、極力ストレスを感じずに音楽を楽しめるフェスにする…という思想。それは、例えばフジロックの持つ思想とは違うかもしれないけれど、間違っていないと思います。もちろん、まだまだ改善して欲しいところもあるけれども。
 このROCKS TOKYOでフェスの楽しさを知って、音楽ももう少し広く聴いてみたいと思ったキッズたちが、サマソニやRIJ、RSR、フジ…というふうにステップアップしていってくれるとうれしいですね。ゴールはグラストンベリーかな?僕もいつか行きたい。

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The kids are alright.



 ということで、3回に渡って書いてきましたROCKS TOKYO 2012レポート、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。最後のキーワードは「み」です!
 お約束のささやなプレゼントは「続きを読む」から先にあります。
 3つのキーワードをつなげて唱えながら、クリックしてくださいね。
 それでは、いきますよ。 「オープン・〇〇〇!」

 明日から誰も来てくれなくなったら嫌だなぁ...。

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category: 音楽

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