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あの川のほとりで  

あの川のほとりで あの川のほとりで2

 世間はGWですが、ちょこちょこと出勤があるので、遠出はせずにちょっとした外出と読書、ギター三昧で過ごす予定。

 まずは、2週間ほど前から読んでいたジョン・アーヴィング『あの川のほとりで』を読了。ストーリーテリングの名手が紡ぐ、壮大な物語を堪能するぜ!と思って読み始めたのだが、第一部こそ過剰なまでのエピソードを織り込みながら物語に厚みを加えてゆくいつものアーヴィング調であるものの、その後は時系列に沿って連続的に話を進めるのではなく、何年かごとに時間を飛ばしながら語ってゆくので、少しばかり面喰らってしまった。
 その時々で主人公の居場所や取り巻く環境、人間関係も変わる。それぞれの時期を彩るキャラクター、エピソードはどれも魅力的で、長編というよりは連作短編のようでさえある。背後にある大きな物語の粗筋がシンプルなので(悲劇は予期されたとおりに起こる)、そういったディテールが小説を輝かせる。ラスト、喪失に次ぐ喪失の後に訪れる新たな始まりの予感に、長い物語を読み終えたというカタルシスを感じる一方、何冊かの小説をまとめて読んだような充実感も残った。

 次は楽しみにしていた梨木香歩さんの新作を読みます。ギターはElliott Smithの”Somebody That I Used To Know”を練習中。イントロで既につまずいています…。

category: 本とその周辺

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真夜中にそっと爪弾く...  

 L
 長いブランクの後、ギターを再開したのだけれど、今さらバンドをやるような気もなく、ひとりでそっと弾くのに合うギターを探して楽器屋に足を運んだのは、昨年の12月。夜中に渋くブルースを爪弾く…というイメージで、BLUES KINGやL-1(Robert Johnsonモデル)など、GIBSONのスモール・ボディのギターをいくつか試奏させてもらった。ところが、肝心の自分のレパートリーにブルースがなく(^^; BEATLESの"BLACKBIRD”やSTONE ROSESの"WATERFALL”なんかをチラチラと弾いていたら、店員さんが「そういうのをやるんだったら、こっちの方がいいんじゃないですかね」と薦めてくれたのがこのLG-2。貴重なヴィンテージ…などではなく、実用本位のリイシューモデルです。
 ボディサイズは、他のGIBSON Lシリーズと同様小ぶりなのだが、ブレイシング(表板を内部から補強している部材)の構造が違うため、見かけよりもよく鳴る。指弾きした時の低音の出、コード・ストロークでの小気味よいジャカジャカ感などは、お店の人の言ったとおり、ブルースよりもフォーキーなスタイルに向いていると思う。
 本当に音質・音量にこだわるのであれば、ボディの大きいJシリーズ(JはジャンボのJだ)ということになるのだろうし、あくまでも渋く、ブルージーにいきたいなら、その名のとおりBLUES KINGあたりが最適なのだろう。どっちつかずの優柔不断なセレクトになってしまったのが自分らしいといえば自分らしいが、つたない腕前で弾いてもなんとなく形になるバランスの良さは重宝している。部屋の片隅でちょこんとギターラックに乗っている姿は、しつけの行き届いた豆柴のように、妙に愛嬌もある。

 ちなみに長い付き合いのエレキギターは、まるで気分屋の野良猫のごとく、一筋縄ではいかない…。そのトラブルメーカーぶりについては、いずれ機会を見つけて書こうと思います。

category: ギター

thread: ギター - janre: 音楽

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すぬ~どる!  

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ユニバーサル・スタジオ・ジャパンのおみやげだそうです!
犬とヒヨコの合わせダシ...というのは嘘(^^;

category: 日常

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時計まわりで迂回すること  

 堀江敏幸のエッセイ「回送電車」シリーズの5作目。一息に読んでしまいたい気持ちを抑え、毎日少しずつ読み進めています。音響機器のスライド式フェーダーを操作する指のわずかな動作を、ビリヤードのキューを支える手の様子まで交えて描写し、ホチキスの針を「目だけで笑っている人のようにも見える」なんて具合に形容しようとする丁寧な文章は、読む側も丁寧に味わいたい。
 代官山UNITでのチャットモンチーのライヴ(というか鴉というバンドのレコ発イベント)を見に行った時、少し離れた蔦屋書店で開場までの時間潰しをしていると、ちょうど同じ日に開催された、書評集『振り子で言葉を探るように』刊行記念のサイン会のために到着した堀江先生とすれ違いました。いつもどおりの黒いジャケット姿でしたが、ご自身でお持ちになっていた鞄が少しくたびれていて、その様子が「らしいな」と思いました…なんて言うと失礼だけれど、芥川賞の選考委員となることが決まり、BEAMSから自身が撮影した写真集まで出しちゃうというのに、大物ぶったところや肩ひじ張った「おシャレ感」なんてものとは無縁なところが…ね。
時計まわりで迂回すること

category: 本とその周辺

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ロベール・ドアノー 生誕100年記念写真展  

 ロベール・ドアノー
 やさぐれた気分だったので、仕事をさぼって東京都写真美術館で開かれているロベール・ドアノーの生誕100周年記念写真展を見に行く。ちなみに仕事をさぼったのは、短くない社会人生活で初めてのこと。
 ドアノーは、3~4年前に日本橋三越で開かれた展覧会を見たことがあるのだけど、あのときはパリとの関係性に焦点を当てる内容だったので、今回の方が幅広いテーマ/年代の作品が集められていて、見ごたえがあった。
 『パリ市庁舎前のキス』のイメージが強いから、端正な写真ばかり撮るひとなのかと思いきや、市井の人々を写した作品は親しみやすく、時にユーモラス。ユーモア精神高じて、「これは演出なのでは?」(たしか『パリ市庁舎~』も演出だったという話もあったように思う)と思わせるものもあるのだが、フレームだけになって打ち捨てられた車に群がり、まるで海までの道を疾走しているかのように生き生きとした表情を見せる子供たちや(『いかれた車』)、背中を向けて立小便をする子供たちのひとりの頭にとまるハト(『無遠慮なハト』)といった写真は、まさしく瞬間を「釣り上げた」という印象だ。
 一方、著名人のポートレートでは、ユニークな演出がどんどんエスカレートしていき、雪上でダイヴするチェリストを、誰だかわからないほど遠くから写すという(一応横にチェロが立てかけてある)という、もはやポートレートじゃねぇだろうとツッコミたくなるような作品まであって、実におかしい。
 やさぐれた気分も癒されるいい写真展。仕事さぼるだけの価値はあります。
いかれた車


category: 日用美術館

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夜になると猫は...  

 6月1日施行のペットの夜間展示規制から、経過措置ではあるものの猫カフェが除外され、夜10時までの営業が認められることになったというニュース。まぁ、当然の結論でしょうね。
 時々おじゃまする猫カフェは午後8時までの営業で、仕事帰りに、閉店まで1時間を切ったところでかろうじて滑り込む…ということが多いのですが、その時間になるとお客さんはまばらなものの、猫たちは逆にヒートアップ!あっちへぶつかり、こっちへぶつかりしながらの追い駆けっこが始まっていたりします。僕みたいに、たまにしかいかない客にも興味津々で近寄ってきて遊んでくれるし、こういった様子を見れば、ストレス軽減のための夜間営業規制なんて全く意味がないことがすぐに分かるはずなのに…。
 ならば、猫を休ませるために昼間の営業を規制するべき…なんていうことを言う人がいて、それにも驚かされました。客なんていようがいまいが、猫は寝たい時には寝るんですから…。
 猫の数にくらべてスペースが十分でなかったり、清潔でなかったり…というところもあるようなので、そういったお店には改善してほしいですが、でもそれは個別的に解決するべき問題であると思います。
 ただし、お店で働く人間は別。営業時間が長くなるということは、従業員の労働時間も増えるということです。法律で定められた8時間労働を遵守し、実状に応じて残業代も支払う、猫にも人にもやさしいお店が増えてほしいですね。
yoruneko.jpg
いつ行っても白目剥いて寝てるヒト....

category: 日常

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andymori/革命  

 午前中、家の近所で開かれたマラソン大会に出て、10kmだけど全力で疾走。すっかりヘロヘロになって、午後は部屋で音楽聴きながらひっくり返ってました。

 andymori、薦めてくれる人がいたので、今日初めて聴いてみました。思ったことを素直に、でも、言わなくてはならないという切迫感を持って唄われる歌。キャッチボールするとき、相手の取りやすいところに向かって投げるように、届けようと思って作っているから、すとんと心に落ちてくる音楽。3ピースで、何の過不足も感じさせず、言いたいことを言い切り、やりたいことをやり切っていると思いました。
 今日、ZEPPでライヴなんですね。そして、ニューアルバムは5月2日か。楽しみ!
革命

category: 音楽

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ぼくはギターを手に入れて、どうやってそいつに語らせるかわかった  

 ここしばらく、ギター熱がぶり返してきている。ちゃんと練習するのは、学生の時以来。もともとあまり上手くなかった上、ブランクが長かったこともあり、とても「弾く」なんてレベルではないのだが、それでも暇さえあれば触っている。ネット上には、無料のTAB譜はおろか、レッスンの動画さえアップされていて、圧倒的情報量を武器にすれば、昔よりも上手くなれるかも…なんて思いが頭をかすめたりもする。
 でも、たどたどしいながらも、喜々として練習の成果を披露する人の映像を見たりすると、結局のところ、上手い・下手なんてどうでもいいのかも…とも思う。同じ曲でも、演奏者によって全く違うコードフォームを押さえていたり、TAB譜も見つからないような曲を耳コピーして、「自分はこう弾きます!」てな感じで堂々弾いているのを見ると、楽譜やレコードのとおり弾けなくたって、気にする必要なんてないんだって気分にさせられる。
 大事なのは、自分なりの技術で、自分なりに演奏を楽しむこと。そんな言い訳をしながら、今日もぽろぽろと弾いていています。
LG-2

category: ギター

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2012年の桜  

 今夜の東京は雨模様。これで桜も散ってしまうのだろうか。
 写真は、日曜日に撮ったもの。桜越しの空。
2012年の桜

category: 日常

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Predawn@原宿VACANT  

 昨日は、原宿VACANTで行われたFOUNDLANDというイベントへ。お目当ては、去年の夏以来、すっかりはまってしまっているPredawn。前回(1月)に見たときは、変えたばかりといっていたギター(ミニサイズのギターから、フルスケールのギターに変えたのだが、「ギターが大きくなったのであって、私が小さくなったのではありません」と言っていた)もすっかりなじんだようで、MCも少なめ?に安定感のあるパフォーマンスで8曲程度を披露してくれた。本当に、この人がひょこひょこと現われて、ギターを弾き始めた瞬間に、空気が変わる。決して自己主張が激しい訳ではないのだけど、耳をそばだてて、全てを余さず捉えなければ…という気持ちにさせられる音楽は、「癒し系」とか「おシャレな」なんて形容でごまかしてしまいたくない。
 他2組の出演者については、事前情報を入れずに見にいったのだけど、トリを務めたPASCAL PINONというグループが良かった(帰宅して調べたら、アイスランド出身で、Morr MusicからCDをリリースしているようだ)。アコースティック・ギターに合わせて唄われるかわいらしい歌声に、リズムボックスやキーボード、エレキギターのスクラッチノイズが絡んで、聴く側の心に不穏なひっかかりを残す。しかし、本人たちは、あっけらかんと演っているようで、そこがまた良いのだった。
 17時半過ぎに始まり、終演は20時過ぎ。あっという間の2時間半。春にしては冷たい風の吹く、昨日みたいな宵にふさわしいライヴでした!
foundland407

category: Predawn

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右、左、右左右  

 小沢健二の『我ら、時』を聴いていて、気になったこと。これ、右左のチャンネルが逆に入っていませんか?
ステージを写した写真を見る限り、ギターの小暮さんは小沢の右側に立っている。しかし、CDを聴くと、小暮さんの音は常に左側から聞こえてくるのだ。会場によって、立ち位置が違っていたということなのか?それともこのCDは、ステージに立った小沢に聴こえる音を再現しているのか?
 パルコ・ミュージアムで行われていた展覧会で、小沢が世界中を巡って録ってきた音を聴くという体験をした後では、後者の可能性も十分あると思ってしまう。もしそうだったら、ちょっとうれしい。
右、左、右左右

category: 音楽

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「我ら、時」展覧会とポップアップショップ  

パルコ・ミュージアムで開かれている小沢健二「我ら、時」展覧会とポップアップショップを見る。
 暗闇の中で、小沢が世界中を巡って撮ってきた写真を見ながら、録ってきた音や彼のモノローグを聞くというもの。声は、それぞれの写真の正面に立たないとしっかり聞こえないので、意識を目と耳に集中させる。こんなに誰かの話を一生懸命聞こうとしたのは久しぶりのような気がする。聞きながら、黙ってひとり、いろいろと考える。自分の精神の奥底を自分で探るような時間。とても貴重な体験だった。
「我ら、時」展覧会とポップアップショップ

category: 日用美術館

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wrecking ball  

 BRUCE SPRINGSTEENの新作が素晴らしい。前作”WORKING ON A DREAM”が、個人的にあまりいい作品に思えなかった上、THE E STREET BANDのメンバーがほとんど参加していないことや、トラッドやヒップホップの要素が取り入れられているといった事前情報などから、ピントのずれた散漫な作品なのでは…?と思っていたのだが、予想は、いい意味で裏切られることとなった。
 たしかにトラッドやヒップホップの要素は取り入れられているが、たとえば”SEEGER SESSIONS”のように、伝統を忠実に再現するというのではなく、きちんとポップのフォーマットに落とし込んでいるし、ヒップホップの手法を取り入れることも(アップ・トゥ・デートな作品を作るという)目的ではなく、ソングライターとして、表現者としての壁を超えるための手段として活用している(SPRINGSTEEENがラップしていたら、どうしようかと思った…)。その意味で、彼のキャリアにおいては、意欲的でチャレンジングな作品であるにもかかわらず、表現者としての成長と(伝統も革新も含めての包括的な)アメリカ(それは、彼の身の周りのリアルな現実と、その延長線上にあるものである)の現状を切り出すという点で、非常にまっとうな作品となっていると言える。彼にとっては、(少なくともスタジオで)THE E STREET BANDを起用するということは、避けるべき保守的な判断であったのだろうし、すでに前作の段階で、限界は露呈していたのかもしれない。
 ただし、ツアーはTHE E STREET BANDを帯同するようで、これは保守的な判断というよりは、伝統を重んじ、その延長線上に革新を見つけようというアティテュードなのだと思う。
 この作品を聴いていると、一緒にギターを弾いて歌いたくなってくる。仲間とバンドをやりたくなってくる。15歳の時と同じように僕を触発するこの作品は、やはり傑作だと思う。
wrecking ball

category: 音楽

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